安全講演に思う-気づき

私が化学企業に入社したのは今から半世紀ほど前だ
1970年代前半だ。製造部門ではなく、私は技術系部門で仕事を始めた
入社時教育は受けたが、その後今のように労働安全など体系的な教育は全く受けていなかった気がする
安全週間などでは、イベントはあるが単発的な教育だったようだ
当時は、たぶん高所作業という意味すらはっきり知らなかった気がする
企業が労働安全について体系的な教育をしていたかと聞かれれば、そうとは思えない 他に教えることに割く時間が多いからだ
今の状況も同じという感がする 昔とそれほど変わりはない
企業は自分でなんとかなると今でも思い続けているからだろうが、企業内の人材や資源で、できることは限界がある
労働安全にせよ保安防災にせよプロの知識を借りた方が良い
労働安全、保安防災に関しても、社員にインパクトを与えるような話ができる安全スタッフは企業内にはそれほどいない気がする
企業にはスタッフとして粛々と業務を処理する人はいるかも知れないが、講演できる人はそれほどいないはずだ

在職中、企業内に各工場の運転員を教育する技術研修センターという組織を作ったとき、企業内にいかに先生の資質を持った人がいないかと感じ取った
知識は持っているのだが、わかり易く人に伝える能力は備えていないのだ
教えるとは相手の目線に立って話す必要がある。新入社員なら、新人目線。ベテランなら、ベテラン目線で話す必要があるがそれが難しい
結果として、技術研修センター勤務時代は生徒を育てるより先生を育てるのに時間を多く割いた気がする

ただ単に安全講話をしても社員の意識レベルが上がるわけではない
色々な所で講演して感ずるのは、何かに気づいてくれたかだ。今までの価値観とは違う考え方が芽生えてくれたかだ
話をする目的は、聴講者に何かを感じてもらうことなのだ。聴講者が何かを感じて、前に進む原動力の一部を提供したいのだ
安全講演が少しでも役に立つことを願いたい

いらすと出典 いらすとやフリーいらすと

 

2021年09月20日