日本の化学産業約100年- 2000年代 多くのトラブルを経験してきた団塊の世代の大量退職

2000年(平成12年)代について考察してみたい。化学産業では変更管理という管理が求められてきた
海外では1980年代にインドのボパールでの有毒ガス大量漏洩事故など化学物質が大量に漏洩する重大事故が起きている
これを受け、その後安全マネージメントが大切であるとの認識が進んでいった
アメリカで、1992年に米国労働安全衛生庁(OSHA)により、PSM (Process SafetyManagement)というプロセス安全管理の仕組みが法制化された
PDCAを回してシステマチックに安全を管理することが企業に求められるようになってきたのである。
このような安全管理の考え方は、2005年の高圧ガス保安法一部改定(認定制度)で日本でも取り入れられている
「変更管理」という考え方が日本でも注目されるようになってきたのが2000年代頃からだったと思う
2009年には化学工学会の安全部会で変更管理に関する検討チームが作られ論議を開始していた
2000年代後半からは、団塊の世代と呼ばれる経験豊富な人が大量退職の時代を迎える。2007年頃より退職を始めた
当時、2007年度問題と言われ、技術伝承に大きな影響を与えた
団塊の世代というのは、1960年代後半から70年代前半にかけて企業に大量に入社して色々なことを経験してきた人達だ
日本の高度経済成長期に入社した人達で、化学プラントの建設、改造などを自ら多くを体験できた世代だ
1960年代、1970年代は、化学プラントでの事故も多発した。この時代に団塊の世代の人達は、安全対策を自ら考え実行してきた
つまり安全対策などについて豊富な知識と、安全技術を持った人達だ。そういう人達が、大量に会社を去り始める時期が2000年代に到来したのだ
団塊の世代の大量退職と相前後して、当然のことながら大量の新入社員を採用することになる
次の世代の人達に対する「技術伝承」というのが大きな問題になり始めた時代だ
技術伝承の失敗は事故につながる2007年12月鹿島のコンビナートでエチレンプラントの爆発死亡事故が起きた
http://www.shippai.org/fkd/cf/CZ0200807.html
工事で縁切りをする際に、空気で作動させる遮断弁で縁切りをしていた時に起きた事故だ
工事が完了し、仕切り板を取り外そうとしていたときに突然縁切りに使っていた遮断弁が開き始め高温の液が噴き出した
周りで作業をしていた作業員4名が死亡した事故だ。担当していたのは、若い運転員だった
ベテランの運転員は、誤って弁が動かないように空気の元弁を閉めるか、弁につながる配管の一部を取り外すことは知っていた
弁の駆動源を無くしておくことは安全確保の基本である。元弁を閉めたりすることは、いわゆるベテラン層にとっては職場での常識であった
しかし、常識であるが故に作業マニュアルではその常識は文字では書き表されてはいなかった
当然、文字に書き表されていないのだから、なんらかの形で常識というものを知らなければ空気の元弁を閉めたりはしない。
工事を担当した、若い運転員には職場の常識は伝わっていなかった。作業マニュアルにはベテランの常識が書かれていなかったからだ
ベテランにとっては当たり前のことでも、きちんと次の世代に伝えなければ事故が起こると言うことだ
人が減りますます技術伝承が難しくなる環境は続いている。時代は、2010年代へと移っていく

 

2022年02月11日