安全文化 安全基盤
「安全文化」という言葉がある。安全に関する用語であるが、この言葉が出てきたのは1980年代だ。
1986/4/26日、ロシアにあったチェルノブイリという原子力発電所が爆発して大量の放射能が世界中に流れ出した事故から出てきた言葉だ。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/safety/38/6/38_346/_pdf
https://www.inss.co.jp/wp-content/uploads/2019/11/201926027031.pdf
企業の事故は、個人の注意力で防げるものでは無い。
企業という組織が、本気になって事故を防止しようと考えない限り、事故は防ぐのは難しいと気づいたからだ。
1960年代、1970年代はヒューマンエラーが多かった。
事故の原因は個人にあると考え、ヒューマンエラー対策を積極的に企業が行ってきた
しかし、事故の芽は個人では無い。企業が、組織的に事故を無くすという雰囲気を醸し出さない限りは、人は動かない
事故は個人の問題では無く組織の問題だと気づき始めたのだ
人もお金を持っているのは、企業そのものだ。そこで働いている人も組織の中にいる。
お金などの資源を持っている組織そのものが頑張らなければ事故は防げ無い。
つまり、経営トップが真剣に旗振りしなければ、安全の確保はできないと考え始めたのだ
その後、行政も、高圧ガス認定制度の認可要件の中にこの安全文化という文言を入れ始めた
企業そのものが、安全を創り出す構造になっていなけれ事故は必然的に起こる。
人が集まる集団は、安全という「文化」を構築していないと事故のリスクを低減することはできないという考え方だ。
「技術基盤」という言葉がある。安全文化だけあれば事故が起こらないかというと、そうでは無い。
安全のベースである、技術力や安全を守るシステムそのものがなければ事故になる。安全には基盤となるものも必要だという考え方だ。
色々なものが成り立つのは、車の両輪のようなものが必要だ。片方だけが優れていれば良いわけではない。バランスが大切だ。
夫婦が良い例だ。お互いを尊重して始めて成り立つものだ。
企業の事故防止には、基盤である安全文化と、企業の風土を構成する安全文化がうまく組み合わさる必要がある。
安全文化や安全基盤というものについて知識を持って欲しい
